海外研修レポート(毛谷村英華さん:医学部4回生)
以前より、循環器内科の内容や海外で研究や臨床をすることに興味があり、マイコースプログラムを循環器内科で行うことを希望していた。この旨を3回生の冬に循環器内科の尾野亘先生に相談させていただいたところ、快く承諾下さり、9月にアメリカのボストンとシンシナティで研修させていただけることになった。
今回の研修では、アメリカの病院、研究所の見学を通して、アメリカと日本の医療、医学研究の違いを知ること、アメリカで働いておられる医師のキャリアを学ぶことを目的としている。
尾野先生のご紹介で、Brigham and Women’s Hospital Peter Libby labの中尾哲史先生、小山智史先生のもと研修させていただいた。
また、先生方のご紹介などにより、製薬会社であるノバルティスの見学や日本人の先生が開いておられる診療所の見学などもさせていただいた。
9/9(月) Yuko Family Medicine(家庭医学の診療所)の見学
9/10(火) Brigham and Women’s Hospitalの研究棟見学、ラボミーティング
9/11(水) Massachusetts General Hospitalの研究棟、病棟見学
産婦人科の岡村恭子先生の診療所見学
9/12(木) The Broad Instituteの見学
9/13(金) ノバルティスの見学
シンシナティでも尾野先生のご紹介で、シンシナティ小児病院の桑原康秀先生のもと研修させていただいた。
9/16(月) Heart Institute Research Retreatという病院主催の学会
9/17(火)~9/20(金)
シンシナティ小児病院の病棟、研究棟の見学、ラボミーティング
UC tomorrowというシンシナティの日本人研究者の方の勉強会
日本の大学の医学部を卒業されて、アメリカで研修し働かれているMcColgan Yuko先生の診療所に伺った。はじめに診療所内を見学させていただいた後、普段のお仕事の内容やキャリアについてお話を伺った。アメリカでは日本よりも医療費が高額で、良い治療を簡単に勧められないときもあるようで、患者さんの満足度を上げるために工夫なさっていることが印象的だった。
この日は、まず中尾先生の引率の下でPeter Libby先生の研究室のミーティングに参加させていただいた。議論が盛んで、Peter Libby先生がポスドクの方などにフレンドリーに話しかけておられたのがアメリカらしいと思った。
また、中尾先生に研究内容やキャリアについてお話を伺いながら、研究棟を見学した。中尾先生は、以前は循環器内科の臨床やウェットの研究をされていたが、現在はCHIP(クローン性造血)を起こす変異をテーマに研究をされている。アメリカで研究をするメリットとして、先生はバイオバンクを扱う研究をされているが、今所属しておられるラボでは日本で研究する場合よりも、規模の大きいバイオバンクにアクセスできることを挙げておられた。
ラボは見た目もオープンだったが、意欲のある学生には臨床データへのアクセス権を提供することもあるとおっしゃっており、仕組みとしてもオープンであると感じた。
この日は、小山先生の引率の下でラボミーティングへ参加させていただいたあと、Massachusetts General Hospitalの研究棟と病棟を見学した。
小山先生も、もともとは循環器内科で臨床をされていたが、今はオーダーメイドの治療ができるようになることを目指してゲノム疫学を専門にドライの研究をしておられる。現在のアメリカの研究現場の特徴として、今は景気が良いため、研究資金が出してもらいやすいが、資金の出してもらいやすさは政治にも大きく影響されるとおっしゃっていた。また、アメリカの医学部では医学生のうちから研究に触れている人が多いことや、日本の医師免許ではアメリカで臨床ができないので、アメリカに来る前にUSMLEを取っている方が良かったと思っておられることを伺った。
病棟にはおみやげを売っている店があり、病院オリジナルのグッズがたくさん売られていて、アメリカでは日本よりも病院がビジネスに重きを置いていることに驚いた。また、ラボミーティングでピザが出されて参加者がピザを食べながら話を聞いているのも衝撃的だった。
産婦人科の岡村恭子先生の診療所見学
同じ日に、アメリカの医学部を出て産婦人科医として働いておられる岡村恭子先生の診療所へ伺い、お仕事の内容やキャリアについてお話を伺った。
アメリカでは学部を出てから医学部に進学するため、先生は社会学、女性学を学部で学んだ後に医学部への進学を決められたそうである。医学部への進学を決めるタイミングも前提知識も大きく違うと学んだ。
また、アメリカの産婦人科の現場の特徴として、中絶の問題を挙げておられた。州によって法律が違い、中絶ができない州があることや、政治にも影響されているため、今後中絶できるかどうかが今年の大統領選挙にも関わっていることを伺い、日本との大きな違いを感じた。
今は診療所を開業しておられるが、お産は他の大きな病院に任せており、その病院では先生も含めた9人の産婦人科の医師でグループを作って、シフト制でお産を担当しているそうである。そのため、今はプライベートとの両立はしやすいそうであるが、一般的に今のアメリカでは産休の期間が日本より短いともおっしゃっていた。
この日は、The Broad Instituteでラボミーティングに参加したあと、中尾先生のご紹介で円山信之先生のお話を伺った。その後、中尾先生が企画してくださり、たまたま同じ日程でボストンに来ていた東大生の方6人と研究所主催のツアーに参加した。また、会議室に中尾先生がお知り合いの斎藤諒先生、ハーバード大学の医学生のコリン・ハーパーさんを読んでくださり、お話しする場を持った。
ラボミーティングでは、GLGCの研究(民族横断的なメタ解析により、脂質と関係する遺伝子変異を見つける研究)をされているジャックリン・ドロンさんの発表を伺った。まだ若い女性の研究者の方だったが、この分野の先駆者的な存在だそうでとても印象に残る方だった。
その後、円山先生に研究についてお話を伺った。円山先生は、心臓病と遺伝子の関係について、疾患の原因になるような遺伝子変異を探してそれが引き起こす疾患について研究しておられるそうである。他の先生方と同様に海外のバイオバンクへのアクセスを求めてアメリカに来られたとおっしゃっていた。
続いて、東大生の方と合流してこの研究所でCRISPR-Cas9に関する研究をされている斎藤諒先生のご講演を伺った。研究内容や海外の研究環境についてお話を伺ったが、研究に対する熱い思いが感じられてとても刺激的なご講演だった。
その後、ハーバード大学の医学生のコリン・ハーパーさんにもお話を伺った。アメリカでは学部を出てから医学部に入る前にギャップイヤーを取る学生が多く、ハーパーさん自身もギャップイヤーにはイギリスに行って研究をしていたこと、ハーバードの医学部は予習を前提としたディスカッション形式の授業があり、そのために一日何時間もかけて準備をすることなど日本との違いに驚いた。普段の学生生活や、モチベーションをいかに保つかなどについてもお話を伺えてとても勉強になった。
ボストン見学最終日には、東大生の方のご紹介でノバルティスファーマの会社見学をさせていただいた。会社の主な設備や実験室を見学した後、社員のリシ・ジェインさんのご講演を伺った。
こちらの会社ではゼロからの創薬に力を入れているそうで、病態の基礎研究の重要性を語っておられた。また、ハーバードやMITに近く、大学の先生と話し合う中で製薬のアイデアが浮かぶこともあるそうで、会社の立地もメリットだとおっしゃっていた。製薬会社を訪れるのは初めてでとても新鮮な見学だった。
見学のほか、空いている時間に中尾先生の奥様にご飯に誘っていただき、アメリカで放射線科医として働いておられるお話を伺った。日本で撮影された画像を、時差を利用してアメリカで読影されているそうで、新しい働き方を知ることができた。また、最後の夜には東大生の方が宿泊先のエアビでピザパーティーを開いてくださり、お世話になった先生方なども交えて一緒にお話しすることができ、とても素敵な時間を過ごせた。
この日は、シンシナティ小児病院の循環器の研究者、医師、看護師の方が集まり、臨床研究と基礎研究のプレゼンテーションやポスター発表が行われる学会に参加した。日本人の
研究者の方も複数おられて、中には賞を受賞されている方もおられた。学会だが、授賞式はアットホームな雰囲気で、ポスター発表の時間にはアルコールが振舞われていることに驚いた。
2日目には、桑原先生のキャリアや研究内容についてお話を伺いながら、シンシナティ小児病院の主な施設と桑原先生の所属しておられるラボを見学させていただいた。桑原先生も、一度臨床医をされてから基礎研究をしておられる。今の時代は遺伝子レベルでの研究が重要で、桑原先生はドライな研究で見つかった心疾患の原因になりうる遺伝子とその疾患の因果関係をウェットな研究により調べられている。ラボでは、フローサイトメトリーや解像度の高い顕微鏡などの機械や、マウスの飼育室、処置室などを見学させていただいた。特に高額な機械は研究室のコアという部分に置かれており、複数の研究室が共有する仕組みになっているそうである。また、ラボには研究者以外のスタッフの方が多いように感じた。
また、病院の見学では、基本予約制のため一般の受付が混雑しないことと、ボストンの病院と同様で病院でもマーケティングの視点があり、病院内に病院オリジナルのグッズが販売されていたことが日本との違いだと感じた。
先生が研究のためにされているマウスのTACという手術、エコー、解剖も見学させていただいた。TACとは、マウスの大動脈を結紮し、心不全を起こす手術である。この手術は日本でも行われている手術だが、伺った研究施設では手術を補助するスタッフの方がおられて作業が速いように感じた。
また、心臓の機能が低下しているマウスのエコーを見学させていただいた。人よりも心臓が小さいマウスでは、人と比べて高精度なエコー機が必要でマウス専用のエコー機が使われている。エコーは、研究者の方ではなく、技術員の方がされるそうで連携が図られていた。
加えて、マウスの解剖手術を見学させていただいた。遺伝子変異を起こしたマウスを解剖し、タンパク質の発現状態などを確認するため心臓を取り出しておられた。
見学の昼休みに、シンシナティ大学の医学生でMD PhDコースにおられるキャシーさんとケイさんに学生生活や研究についてお話を伺った。シンシナティ大学では200人の医学生のうち、MD PhDコースの定員は15人ほどで狭き門だそうである。お二人は医学部に入るまでもボストンで出会ったハーパーさんと同様に研究など課外活動をされており、入学後も勉強と研究を両立していて、とても努力されているのが伝わってきた。また、日本でも同じではないかと思うが、アメリカの医学系の基礎研究で学生の中で人気のある分野は免疫学や神経だそうである。
また、桑原先生のお知り合いで、シンシナティ小児病院で小児循環器の医師として研修しておられる高城先生にも病院を案内していただいた。高城先生は小児循環器の中でもカテーテルの専門医になるための研修をしておられる。今は、小児循環器の研修3年目で自由に過ごせる時間もそれなりにあるそうで、次のポストの選考も視野に入れて、臨床研究やカテーテルの練習をされている。アメリカでは、研修の年を経るほど、自由な時間が多くなるようで、各々興味のあることに時間を使っているというのが印象に残った。また、訪れた病院では、小児循環器だけでも何十人もスタッフがいるほどマンパワーが大きいため、完全シフト制で緊急で呼ばれることはないということに驚いた。
高城先生には病院のurgent care、emergency care、NICU、CICUのエリアなどを案内していただいた。urgent careはアメリカでも予約なしで受けられる医療の部門である。ただ、簡易的な処置しかしてもらえず、必要に応じてemergency careに移される。大きな病院でなくても、urgent careはよくあるそうだが、emergency careまで遠いこともしばしばあり、何時間か待たないといけないことも日常的だそうで、日本と比べて不便なように思った。
また、日本との医療制度との違いとして、救急車の違いも話しておられた。要請にはお金がかかる上、救急車を呼んでから時間がかかることも多く、緊急時でも自家用車で来る人が多いそうである。
NICU、CICUは、全て個室でプライベートを大事にしている点が印象的だった。ただ、ドアはガラス張りになっておりオープンでもあった。
他に、空いている時間に、イーマンさんというPhDの方にアメリカの大学院で学位を取る話やキャリアについてお話を伺った。アメリカで学位を取る際には、オーラルテストと筆記テストを受けなければならず、日本よりかなり厳しいそうである。医学系の研究をしておられるが、MDではなくPhDを選ばれた理由として、MDを取ってPhDになるのには時間がかかることを挙げられていた。キャリアに対するアドバイスでは、自分のキャリアを選択する際には自分中心になって良いとおっしゃっていたのが印象に残った。
最終日には、シンシナティの日本人の研究者の方の集まりであるUC tomorrowに参加させていただいた。毎回研究者の方1人が講演するという勉強会だそうだが、この回ではお世話になった高城先生がアメリカで臨床医をすることやレジストリの管理についてご講演された。
キャリアの話では、日本の医学部を出て臨床医としてアメリカで働くという選択肢もあ
るが、診療科によって受け入れてもらいやすさは大きく違っていることを学んだ。また、外国の医学部を卒業した人の病院への就職マッチ率は、国内の医学部を卒業した人と比べて低く、過酷な競争があることも話しておられた。
加えて、レジストリの管理についてもお話を伺った。より良い臨床研究をするためにはより大きなレジストリが必要であるが、アメリカでは中規模なレジストリが散在している状況である。国内でデータを統合できればとても大きなレジストリを作れるため、統合するのが望ましいが、病院の政治的な問題もあり、なかなか統合されないことが課題だそうである。
見学の期間中に、桑原先生と高城先生に夜ご飯にも連れて行っていただき、貴重なお話を伺えた。また、シンシナティはドイツ系の人が多いそうで、ドイツ以外で一番大規模なノーベンバーフェスティバルが開催されると先生方におすすめしていただき、空いている時間にノーベンバーフェスティバルも行くことができた。シンシナティでも色々な先生方に親切にしていただき、とても充実した時間を過ごせた。
今回の研修の中でお会いした先生方はご苦労もされていたが、どの方もご自身のお仕事について生き生きとお話しくださったのが印象的だった。先生方の姿を見て、将来私も留学してみたいという思いになった。また、アメリカの医学生とお話させていただき、勉強のモチベーションも上がった。
この研修では、先生方がご縁をつないでくださり、多くの貴重な見学の機会をいただけて、大変刺激的な時間を過ごせた。尾野先生、中尾先生、小山先生、桑原先生、そのほかお世話になった全ての方に心より感謝申し上げます。